1982-12-23 第97回国会 参議院 予算委員会 第4号
後藤田さんにお尋ねするんだが、あなたは田中角榮氏のふところ刀と言われておりますね、過去の徳島地方区の参議院選では久次米健太郎氏と争って検挙者が二百七十二名、買収事犯百五十五件、二百六十七名という逮捕者を出しました。買収でこれが事犯を問われた人が二百六十八名、これは三角代理戦争、空前の金権選挙と言われました。そのときの選挙資金については田中角榮氏から出ているということが政界の常識のようであります。
後藤田さんにお尋ねするんだが、あなたは田中角榮氏のふところ刀と言われておりますね、過去の徳島地方区の参議院選では久次米健太郎氏と争って検挙者が二百七十二名、買収事犯百五十五件、二百六十七名という逮捕者を出しました。買収でこれが事犯を問われた人が二百六十八名、これは三角代理戦争、空前の金権選挙と言われました。そのときの選挙資金については田中角榮氏から出ているということが政界の常識のようであります。
○井上吉夫君 本院議員久次米健太郎君には、かねてより皮膚疾患のため療養中でございましたが、その後急性肺炎を併発し、七月二日、郷里、徳島大学附属病院において急逝されました。 去る四月以降、君は入院され、その御容態を御心配申し上げてまいりましたが、ついさきには一時小康を得られ、勲二等旭日重光章を受けられました。その折の君の温厚なお姿がいまも鮮やかに浮かんでまいります。
の改善に関する請願 第八 身体障害者に対する郵政行政改善に関す る請願 第九 私学に対する大幅国庫助成等に関する請 願 第一〇 過疎県の教職員定数確保に関する請願 第一一 教職員の退職勧奨年齢の男女差撤廃に 関する請願 ————————————— ○本日の会議に付した案件 一、故議員向井長年君に対し弔詞贈呈の件 一、故議員向井長年君に対する追悼の辞 一、故議員久次米健太郎君
○議長(徳永正利君) 議員久次米健太郎君は、去る二日逝去せられました。まことに痛惜哀悼の至りにたえません。 同君に対しましては、すでに弔詞を贈呈いたしました。 ここにその弔詞を朗読いたします。 〔総員起立〕 参議院は議員正四位勲二等久次米健太郎君の長逝に対しつつしんで哀悼の意を表しうやうやしく弔詞をささげます —————————————
昭和五十五年五月十四日(水曜日) 午前十時十九分開会 ————————————— 委員の異動 五月八日 辞任 補欠選任 高橋 圭三君 久次米健太郎君 田中寿美子君 片山 甚市君 渡部 通子君 鈴木 一弘君 沓脱タケ子君 市川 正一君 井上 計君 柄谷 道一君 五月九日
去る八日、沓脱タケ子君、井上計君、田中寿美子君及び高橋圭三君が委員を辞任され、その補欠として市川正一君、柄谷道一君、片山甚市君及び久次米健太郎君が選任されました。 また、去る九日、久次米健太郎君が委員を辞任され、その補欠として石本茂君が選任されました。 また、去る十二日、市川正一君が委員を辞任され、その補欠として小笠原貞子君が選任されました。
昭和五十五年五月十四日(水曜日) 午前十一時三十四分開会 ————————————— 委員の異動 四月十九日 辞任 補欠選任 北 修二君 久次米健太郎君 成相 善十君 佐々木 満君 中村 啓一君 二木 謙吾君 ————————————— 出席者は左のとおり。
午前十時十九分開会 ————————————— 委員の異動 五月九日 辞任 補欠選任 坂元 親男君 永野 嚴雄君 佐藤 三吾君 加瀬 完君 丸谷 金保君 阿具根 登君 五月十三日 辞任 補欠選任 永野 嚴雄君 遠藤 政夫君 野呂田芳成君 久次米健太郎君
昭和五十五年五月十三日(火曜日) 午前十時九分開会 ————————————— 委員の異動 五月九日 辞任 補欠選任 伊江 朝雄君 宮田 輝君 高橋 圭三君 久次米健太郎君 石本 茂君 熊谷太三郎君 永野 嚴雄君 坂元 親男君 五月十三日 辞任 補欠選任
去る九日、伊江朝雄君、高橋圭三君、石本茂君及び永野嚴雄君が委員を辞任され、その補欠として宮田輝君、久次米健太郎君、熊谷太三郎君及び坂元親男君が選任されました。 —————————————
本日、宮田輝君、久次米健太郎君が委員を辞任され、その補欠として成相善十君、野呂田芳成君が選任されました。 —————————————
昭和五十五年五月十三日(火曜日) 午前十時七分開会 ————————————— 委員の異動 四月二十五日 辞任 補欠選任 衛藤征士郎君 菅野 儀作君 浅野 拡君 秦野 章君 岩上 二郎君 安孫子藤吉君 久次米健太郎君 大鷹 淑子君 伊江 朝雄君 夏目 忠雄君 四月二十八日
————————————— 委員の異動 五月七日 辞任 補欠選任 亀長 友義君 田原 武雄君 増岡 康治君 熊谷太三郎君 高平 公友君 鈴木 省吾君 河田 賢治君 渡辺 武君 五月八日 辞任 補欠選任 宮田 輝君 伊江 朝雄君 久次米健太郎君
本日、久次米健太郎君及び熊谷太三郎君が委員を辞任され、その補欠として高橋圭三君及び石本茂君が選任されました。 —————————————
昭和五十五年五月六日(火曜日) 午前十一時三十八分開会 ————————————— 委員の異動 四月二十四日 辞任 補欠選任 久次米健太郎君 大鷹 淑子君 岩上 二郎君 安孫子藤吉君 四月二十五日 辞任 補欠選任 安孫子藤吉君 岩上 二郎君 大鷹 淑子君 久次米健太郎君
小澤 太郎君 大石 武一君 大島 友治君 大谷藤之助君 岡田 広君 長田 裕二君 加藤 武徳君 梶木 又三君 片山 正英君 金井 元彦君 金丸 三郎君 上條 勝久君 亀井 久興君 亀長 友義君 河本嘉久蔵君 木村 睦男君 北 修二君 久次米健太郎君
補欠選任 田中寿美子君 片山 甚市君 四月二十三日 辞任 補欠選任 二木 謙吾君 夏目 忠雄君 片山 甚市君 田中寿美子君 四月二十四日 辞任 補欠選任 菅野 儀作君 衛藤征士郎君 夏目 忠雄君 伊江 朝雄君 大鷹 淑子君 久次米健太郎君
本日、安孫子藤吉君及び大鷹淑子君が委員を辞任され、その補欠として岩上二郎君及び久次米健太郎君が選任されました。 —————————————
委員長 青井 政美君 理 事 岩上 二郎君 片山 正英君 北 修二君 川村 清一君 委 員 久次米健太郎君 熊谷太三郎君 坂元 親男君
昭和五十五年四月十八日(金曜日) 午前十時七分開会 ————————————— 委員の異動 三月二十六日 辞任 補欠選任 下田 京子君 沓脱タケ子君 三月二十七日 辞任 補欠選任 坂元 親男君 久次米健太郎君 増岡 康治君 二木 謙吾君 茜ケ久保重光君 戸叶 武君
昨十七日、久次米健太郎君及び佐々木満君が委員を辞任され、その補欠として北修二君及び成相善十君が委員に選任されました。 —————————————
大石 武一君 大島 友治君 大鷹 淑子君 大谷藤之助君 岡田 広君 長田 裕二君 加藤 武徳君 梶木 又三君 片山 正英君 金井 元彦君 金丸 三郎君 上條 勝久君 亀井 久興君 亀長 友義君 河本嘉久蔵君 木村 睦男君 北 修二君 久次米健太郎君
昭和五十五年三月二十八日(金曜日) 午前十時十七分開会 ————————————— 委員の異動 三月二十一日 辞任 補欠選任 藤井 恒男君 三治 重信君 三月二十二日 辞任 補欠選任 嶋崎 均君 鈴木 省吾君 鈴木 正一君 久次米健太郎君 岩崎 純三君 熊谷太三郎君
昭和五十五年三月二十六日(水曜日) 午前十時十三分開会 ————————————— 委員の異動 三月二十五日 辞任 補欠選任 沓脱タケ子君 下田 京子君 三月二十六日 辞任 補欠選任 久次米健太郎君 坂元 親男君 二木 謙吾君 増岡 康治君 戸叶 武君 茜ケ久保重光君
本日、久次米健太郎君、二木謙吾君、赤桐操君、瀬谷英行君及び戸叶武君が委員を辞任され、その補欠として坂元親男君、増岡康治君、佐藤三吾君、川村清一君及び茜ケ久保重光君が委員に選任されました。 —————————————
昭和五十五年三月二十五日(火曜日) 午前十時四十分開会 ————————————— 委員の異動 三月二十一日 辞任 補欠選任 鈴木 正一君 久次米健太郎君 三月二十二日 辞任 補欠選任 久次米健太郎君 鈴木 正一君 三月二十五日 辞任 補欠選任 加藤 武徳君
金曜日) 午前十時十一分開会 ————————————— 委員の異動 三月十八日 辞任 補欠選任 北 修二君 岩動 道行君 三月十九日 辞任 補欠選任 岩動 道行君 北 修二君 坂元 親男君 中村 禎二君 三月二十一日 辞任 補欠選任 久次米健太郎君
本日、久次米健太郎君、熊谷太三郎君及び鈴木省吾君が委員を辞任せられ、その補欠として鈴木正一君、岩崎純三君及び嶋崎均君が選任せられました。 —————————————
小澤 太郎君 大石 武一君 大島 友治君 大鷹 淑子君 大谷藤之助君 岡田 広君 長田 裕二君 加藤 武徳君 梶木 又三君 片山 正英君 金井 元彦君 金丸 三郎君 上條 勝久君 亀長 友義君 河本嘉久蔵君 木村 睦男君 北 修二君 久次米健太郎君
久次米健太郎君 佐々木 満君 高平 公友君 中村 禎二君 秦野 章君 原 文兵衛君 平井 卓志君 福島 茂夫君 藤井 丙午君